太平洋から吹き付ける朝の風は、塩の味がした。画家の村上浩一は、断崖の縁から三メートルほど離れた場所に、使い込まれた木製のイーゼルを立てた。五十代を迎えた今、彼はこの場所に毎朝やって来る。日の出とともに海が色を変え、空が幾層もの青を帯びていく、その刹那の輝きを捉えるために。
村上がこの断崖と出会ったのは、二十年前のことだ。東京の美術大学を卒業し、ヨーロッパへの留学を終えて帰国した彼は、自分の絵に何かが足りないことを感じていた。技法も構図も学んだ。しかし、キャンバスから何かが抜け落ちていた。その「何か」を探して、彼は日本各地の海岸線を旅した。
伊豆、室戸、志摩、能登。さまざまな岬を訪れた末に、村上はこの断崖に辿り着いた。高さ八十メートルの玄武岩の壁が垂直に落ち込み、その下で白波が砕ける。満潮時には崖下の岩礁が完全に沈み、引き潮になると海の底が姿を現す。この場所の海の色は、世界のどこにも存在しない深さを持っていると、村上はそのとき直感した。
色彩の発見
海を描くことの難しさは、その色が一瞬ごとに変化し続けることにある。朝の六時の海と七時の海は、まったく異なる存在だ。雲一枚が空を横切るだけで、水面の輝きは全く変わってしまう。村上はその変化を追いかけることをやめ、ある一点の時間に集中することを覚えた。
彼が選んだのは、太陽が水平線から完全に顔を出した直後の十分間だ。この短い時間、斜めから差し込む光が波の透明感を最大限に引き出し、海は文字通りサファイアのように輝く。村上はその青を「魂の青」と呼んでいる。それはただの色ではなく、時間と光と水が作り出す一瞬の現象だ。
書と絵筆の対話
村上のアトリエを訪れる客の中に、書道家の松田朝子がいた。彼女もまた、この断崖の近くに工房を構え、海を前にして墨を磨る。二人の出会いは偶然だったが、すぐに深い共鳴が生まれた。絵画と書道、油彩と墨、キャンバスと和紙という違いを超えて、二人は同じものを求めていた。
「波の音が私のリズムになる」と松田は言う。「墨を磨るとき、波が寄せるたびに腕に力を込める。引くたびに力を抜く。潮の呼吸に自分の体を合わせていくと、書はただの文字ではなくなる。海が書かせた文字になる」。
村上と松田のコラボレーション作品が初めて東京の画廊で展示されたのは、昨年の秋だった。村上の油彩画の上に松田が書を重ねた大作「波と文字」は、初日に完売した。海という共通の師から学んだ二人の表現が、一枚の作品の中で融合したとき、観る者は何か根源的なものに触れる感覚を覚えた。
断崖が教えてくれるもの
村上のイーゼルの周囲には、いつしか若い画家たちが集まるようになった。東京の美術学校からやって来た学生たち、キャリアに行き詰まりを感じた中堅の作家たち、そして定年後に絵を始めた老人たち。彼らは皆、村上の元を訪れ、断崖の前に立ち、海を見続ける。
「うまく描こうとしない方がいい」と村上は弟子たちに伝える。「この海はうまい絵を必要としていない。海が何を語っているか、ただ耳を傾けることだ。海に学ぼうとする姿勢が、絵筆に伝わっていく。技術は後からついてくる」。
この断崖で村上が学んだ最も大切なことは、時間の流れに身を委ねることだった。東京で絵を描いていた頃、彼は常に次の展覧会のこと、批評家の評価のことを考えていた。しかし断崖の前では、そういった考えがすべて海へと流れ去ってしまう。残るのは、今この瞬間のキャンバスと絵の具と、眼前に広がる無限の海だけだ。
今朝も村上は断崖に立っている。風が穏やかな日で、海面は鏡のように凪いでいる。水平線の彼方から、かすかにうねりが届いている。彼はパレットに青を混ぜながら、太陽が完全に顔を出す瞬間を待つ。二十年間繰り返してきた朝。しかし村上にとって、それは毎回、初めての海との出会いだ。